「シェア」という呪文を使うと、仕事をしなくて済むらしい

「このプロジェクト、みんなでシェアしながら進めよう!」

──会議室に響き渡る上司の声。しかし、その瞬間、筆者の頭には疑問がよぎったのである。

シェア? それって、つまり何をすればいいんです?

情報を共有するのか? 仕事を分担するのか? それとも、単に「協力しろ」的なニュアンスなのか?
だが、そんな素朴な疑問を口にすれば「こいつ、空気読めないな……」という目で見られるのがオチなのだ。

シェア──この言葉の便利さと恐ろしさについて、考えてみようではないか。

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「シェア」という言葉が生み出すカオス

「シェア」とは便利な言葉である。いや、便利すぎるがゆえに何も決まらないカオスを生み出すことも多々あるのだ。

「タスクをシェアしよう!」 → それ、分担するって意味では?

「タスクをシェアしましょう!」と上司が言った瞬間、筆者の頭の中でアラートが鳴る。「いや、それ普通に『分担しよう』でよくない?」

結局、誰が何をやるのか決まらず、「じゃあ、〇〇さんが進めてください」と無理やり押し付けられるのがオチである。

「ナレッジをシェアしよう!」 → ただの雑談が始まる罠。

会議中、誰かが「この件、ナレッジをシェアしよう!」と言い出した瞬間、場は謎の議論に突入する。

「〇〇さんの知見をぜひシェアしてほしいですね!」→「あ、それで思い出したんですけど……」→「ちなみにウチのクライアントでは……」

──気づけば、話は枝分かれし、誰も結論を出さないまま時間だけが溶けていくのである。

「責任もシェアしよう!」 → は? 誰が責任取るの?

プロジェクトが炎上したとき、経営陣はこう言う。「この問題の責任は、みんなでシェアしよう!」

だが、これは単なる言葉のトリックである。「みんなで責任をシェア=誰も責任を取らない」というカラクリなのだ。

この時、賢いビジネスパーソンは学ぶ。「シェアとは、責任をうやむやにする最強のツールである」と。

「シェア地獄」から逃れるには?

「シェアしましょう!」と言われた瞬間、あなたはどうするべきか? 無策でいると、シェアの名のもとに仕事が倍増し、責任まで押し付けられる危険がある。ここでは、シェア地獄を回避するための具体的なテクニックを伝授しよう。

①「シェア」の定義を問いただすのが最強の防衛策

「情報をシェアしてください!」と言われたら、こう切り返すのだ。

「具体的に、どの範囲までシェアすればいいですか?」
「シェアの目的は何ですか?」

こう質問するだけで、発言者は「えっ……」と詰まり、言葉を選び始める。つまり、何も考えずに言っていた可能性が高いのである。

②「とりあえずシェアしました!」作戦

シェアを強要されたときの最も無難な対処法は、「シェアしたことにする」ことである。
例えば、「プロジェクトの進捗をシェアしておいてね!」と言われたら、こうすればいい。

  • 全員に向けて、意味のない報告メールを送る。
  • 資料を添付して「FYI(ご参考まで)」と書くだけで済ませる。
  • 何かあったときは「いや、ちゃんとシェアしましたよ?」と開き直る。

これだけで、「シェアしろ!」圧力から逃れられるのだ。

③ シェアされた情報をシェアし続ける無限ループを発動

誰かから情報をシェアされたら、それをまた別の誰かにシェアし続けることで、「シェアの責任」を拡散することが可能である。

上司

この件、シェアよろしく!

あなた

かしこまりました!(即座に他部署へ転送)

他部署:「了解です!(さらに別のチームに転送)」

もはや誰がシェアの責任者なのかわからなくなる。

シェアとは、一種の伝言ゲームなのである。誰かにシェアし続けることで、あなたは「シェアした側」に回ることができる。

まとめ:「シェア(笑)」に振り回されないために

結局のところ、「シェア」とは何なのか? それは「とりあえず言っとけば何か仕事をした気になれる魔法の言葉」なのである。

だが、我々はこの魔法に惑わされてはならない。

  • 「シェア」と言われたら、まずは具体的な指示を求めるべし。
  • 「シェアする」=「丸投げ」ではないか、常に疑え。
  • 無害な報告メールを送るだけで、シェアミッションをクリアできることも多い。

最終的に、シェアとは「言った人が楽をするための言葉」なのだ。

無意味な「シェア」に振り回されず、賢くこのカタカナ地獄を生き抜いていこうではないか。

面白ければシェア(笑)したまえ
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